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チョコミント論

チョコミント論

 

チョコミントとはチョコとミントの組み合わせによって成り立つフレーバー、味。

代表作はアイス。

 

パティシエたちの、あるいはチョコミント学者たちの定める本来の定義は知らないが、ここでは上の定義のもとに話を進める。

 

 

 

チョコミントといえば、好き派嫌い派の対立による論争が各所で行われており

その是非について人類単位の結論が未だ出ていないかなり難しい議題である。

 

これを読んでいる人たちの中にも、

チョコミント好きが野原で日向ぼっこをしている場面に遭遇するなりそっと足音を消して近づき、うとうとしているチョコミント好きの耳元で「歯磨き粉でも食っていろこの味オンチ!!」と叫び散らしその安眠を妨害せずにはいられないという人もいるだろう。

まるで鬼である。

さもなくば悪魔だ。

 

マイノリティである我々チョコミント好きはそのような悪鬼の存在に日々怯え、晴れた日に野原で日向ぼっこする事も叶わず暗く閉ざした地下室の中で裏ルートから仕入れた脱法チョコミントをこっそりと愉しんでいることしかできないのだ。

これは深刻な社会問題でありこの社会的な風潮は来たる東京オリンピックの際には国際交流の大きな妨げになるだろう。

 

 

とはいえ

 

ここまで書いてなんだと思われるかもしれないが、今回この文章においてはチョコミントの存在を反チョコミント主義者に認めさせ、社会的な地位の向上を目指そうという魂胆は全くない。

 

この文章はアンチ・チョコミント勢力に向けた文章ではない。

 

この文章はチョコミントが好きな、あるいはチョコミントに対して嫌悪感がない、またはチョコミント好きの扉をいざ叩かんとしている、そしてチョコミントはどうでもいいがどうしようもなく暇である、という諸君に向けた文章である。

 

私のこのチョコミントに対する気持ち、考察をチョコミント好きなあなたに届けたい。

 

「わかる人にわかればよい」

 

この言葉の元にチョコミント好きは反チョコミント主義者との不毛な争いをやめ、同志とともに甘く爽やかな青春をあわよくば過ごすべきなのだ。

そうするうちにチョコミントを迫害してきた輩どもも我々の爽やかな風の前に正気に戻り、謝罪の言葉とともに我々に和解の握手を求めることだろう。真っ赤な顔して。

 

その時はその真っ赤な顔を思いきり蹴飛ばしてやる。悲しみは終わらないのだ。

 

さて、悲しいことにここまでは前置きなのだ。

嬉しいことに次から本編ということだ。

この論はチョコミントに対する考えが尽きぬ限りは、言い換えると飽きるまでは続いていくはずである。