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チョコミント論2

 

チョコミントとはチョコとミントの組み合わせによって成り立つフレーバー、味。

代表作はアイス。

パティシエたちの、あるいはチョコミント学者たちの定める本来の定義は知らないが、ここでは上の定義のもとに話を進める。

 

 

チョコミントというものは文字通りチョコとミントの組み合わせによってできている。

 

すでにチョコとミントがフレーバー界で猛威を振るい、ある程度トップまで上り詰め

「やれることは全てやったのではないか」

「これ以上の発展は期待できないだろう」

などと学会で囁かれ始めた頃、学会に属さないはぐれ学者エッセルが"チョコとミントを組み合わせる"というタブーを犯した。

エッセルの住む街の人々は新しい味の境地に感動しチョコミントを受け入れていたが、チョコミント誕生の事実はすぐに学会に伝わり、エッセルを拿捕しチョコミントの存在を権力によって揉み消そうとした。

しかし街の人々はそんな学会の行動を許さなかった。

地下研究所に残された手記を元にチョコミントを再現、そして大衆に広める活動を秘密裏に行ったのだ。

その結果チョコミントの存在は国中に広まり、学会も黙秘を押し通す事はできずに公式にチョコミントの誕生を認めエッセルを釈放し学会員として招き入れた。

次の年エッセルは国立フレーバー研究所に新設されたチョコミント室の室長となり研究を重ね、さらに数年後には革新香味学問所を創設し味の世界の追求に尽力した。

これらの功績が認められエッセルノーベル賞候補者に選ばれた。

誰もが受賞は確実であると思っていた中、ここで悲劇は起きた。

ある日エッセルは郊外の川原で水死体として発見されたのだ。

警察の捜査の結果入水自殺と判断され、そこで捜査は打ち切られた。

しかし不明瞭な点も多く、一部ではノーベル賞を取らせまいとした旧学会の犯行ではないかと囁かれている。

この事件をきっかけにチョコミント好きと反チョコミント主義者の対立は表面化し現代までその溝は埋まっていない。

ちなみに明治エッセルスーパーカップの名前はチョコミント発明者のエッセルから来ている。

 

まあ、このストーリーは全て想像だが、このようなドラマを持っていてもおかしくはない、チョコミントはそれだけの規模の発明だということである。